ブックタイトル趣人01

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概要

趣人01

 福岡から空路で名古屋へ。名古屋からJR東海の?ワイドビュー?特急「ひだ」で高山まで。この「ひだ」でのアプローチがまずなかなかよいのだ。出発して三十分ほどすると山の気配が濃くなり、飛●川の渓流が車窓の右左に見え始める。川は狭くなり広くなり、奇岩が見え、河原が見える。秋の青空と白雲を映す碧の水。ところどころに釣り人たちも見える。私には初めての飛●路である。以前、東京で十数年雑誌編集者をしていたころ、半ば旅が仕事のような生活で国内外あちこち旅行したが、飛●には縁がなかった。だから、いやが上にも心が躍るのである。 駅弁(名古屋駅で「なごや一番」という名の欲張りな弁当を買った)と缶ビールもそこそこに、車窓に展開する景色に子供のように見惚れている間に、中山七里が過ぎ、下呂温泉が過ぎ、午後一時前、高山駅に着いた。福岡空港を午前八時に発って、この時間にもう飛●の地に立っていることが単純にうれしかった。 レンタカーを借りる。運転は写真の四宮佑次さん(以下、四宮キャパと呼ぶ)、会計は本紙編集長の高坂圭さん(以下、編集長と呼ぶ)、すなわち今度の旅の同行者である。私たちは乗鞍スカイラインを目指すのである。 何かの本で奥飛●随一の景観は数河高原と読んだ記憶があったので、遠回りになるが先にそちらへ向かった。ところが、紅葉の季節になれば絶景かもしれないが、いまは季節外れの、情けない姿のスキー場と不思議な土産物店が目立つばかりで、期待が外れた。 そこから一気にスカイラインを目指したが、案内板を見落としたこともあって道に迷い、新穂高温泉近くまで行ってしまった。怪我の功名か、チラリと高い山の姿が見えたが、山名を特定できないのが口惜しかった。 道を戻り、何とかスカイライン入口の平湯峠にたどり着いたが、何と「降ヒョウ/通行止め」という。ここまで来て入れないとは。 平湯峠は標高一六八四メートル。少し肌寒い。聞けば、標高二七〇二メートルの畳平(スカイラインの終点)は零度くらいとか。ここからさらに一〇〇〇メートル以上高くなるわけで、そんなものかと思う。それにしても「通行止め」の標識はもっと手前の分かりやすい場所にも設けるべきだ。入口まで登って来て初めて知らされるのは切ない。 気を取り直して、宿泊地の平湯温泉へ向かう。もっとも、この日は最初から移動日と考えていたのでそれほど落胆したわけではなかった。それに奥飛●温泉郷も今回の旅の目的地の一つなのである。宿は編集長に任せたが、彼は老舗の岡田旅館を予約していた。予想以上に立派な構えだ。明るいうちに温泉に浸かることにした。この温泉郷は露天風呂の多さでは全国有数とガイドブックにあった。山の緑を眺めながら露天風呂に浸かるのは心地よいものである。晴れていたら笠ヶ岳(二八九七メートル)が望めるというが、残念ながら雲に隠れていた。浴後、盛り沢山の夕食で土地の焼酎を飲み、部屋で飲み重ね、そのままバタンキュー。 夕食の時、仲居さんから平湯大滝はすぐ近くまで車で行けると聞いていたので、朝食後出かけた。スキー場の横の道を入る。ガイドブックでは「バス停から徒歩三十分」とあったので諦めていたのだが、行ってみると結構な見ものだった。高さ六四メートル、幅七メートルとそれほど大きくはないが、滝の両側に広く岩盤が展開していて、十分に風格のある滝だ。水量も豊富だった。 立ち去り難く眺めていると、編集長のうれしそうな声が聞こえた。朝から携帯電話で問い合わせていて、三度目にようやくスカイラインの通行止めが解除されたという報を受けたのだ。編集長の粘り勝ち。一路、平湯峠へ急いだ。 高度が上がるにつれて霧が深くなる。いや、雲の中を走っているのだ。本来なら、北アルプスの峰々の大パノラマが車窓の左右に展開するはずなのに、残念ながら視界がきかない。きかないまま畳平に到着。寒い。昨日、高山でウインドブレーカーを買っておいたが、それを着てもまだ寒い。 駐車場から魔王岳頂上まで徒歩二十分と案内板にあった。とにかく登ろうということになって、石段を一気に登り始めた。息が苦しくなる。咳が出る。酸素が薄いのだろう。二度休んで山頂に着いた。標高二七六四メートル。とにもかくにも私が立った最高地点だ。感激もあるが、それよりも寒い、寒い。下から吹く風が冷たく、痛い。時々青空が見え、暈のかかった太陽がのぞくが、なかなか視界がきくまでにはならず、速い流れの雲が切れ目なく動く。四宮キャパはそんな中、シャッターチャンスを窺っている。恐らく手はかじかんでいることだろう。 二之町、一之町と歩いているうちに腹も空き、気分も落ち着いてきたので、目当てにしていた蕎麦屋「恵比寿本店」に入る。私の師匠、池波正太郎推奨の店だ。昼下がりのちょうどよい頃合い。店も空いていて、隅の席では店員さんたちが遅い昼食を摂っている。 入れ込みの座敷に上がり、天ざるに冷や酒を頼む。空き腹に心地よく染み入る酒をたのしみながら店員さんと話を交わし、旅情に浸っていると、無情にも携帯電話。電話魔の四宮キャパだ。「ひょっとするとガンコ堂さん、ここではないかと思って」だと。店の表に来ているという。仕方なく四宮キャパ、編集長と合流。 三人打ち連れて蕎麦屋を出て、桜山八幡宮へ参詣。総檜の鳥居、社殿はさすがである。屋台会館をのぞく。日下部民芸館の梁組みの吹き抜けは写真で想像したより立派だった。収蔵の民具などのコレクションは圧巻。ここの大商人の財力の厚みを存分に感じさせられた。高山陣屋を一瞥した後、駅に戻った。この間、すべて徒歩。慣れている私は平気だったが、四宮キャパと編集長はへばっていた。 タクシーで飛●古川の宿、「蕪水亭」へ。ここは古い料理旅館だが、私がここに執着したのには訳がある。私が月刊「太陽」の編集者だった時、池波師と企画して「よい匂いのする一夜」を連載した(いま講談社文庫に入っている)。全国の?床しき?旅館・ホテルを訪ねる旅だったが、蕪水亭取材の折は、私がデスクで出張できず、後輩のK君が代わりに同行したのだった。二十年ほど前のそんな憾みが、私にあったのである。 風呂で疲れをほぐした後、池波師が泊まった部屋で、飛●牛や松茸ふんだんの結構な料理に、地酒「蓬莱」「白眞弓」を存分にたのしみ、快い寝に就いた。 翌朝、朝風呂の後、浴衣姿に羽織で食堂に行くと香ばしい匂いがする。朴葉味噌である。炭火の上に大きな朴葉が二枚。その上に葱をたっぷり混ぜ込んだ味噌が焼けていて、たまらなく飲・食欲をそそる。朝からビールになった。さらに、野菜中心の朝食もしっかり腹に収めた。 食後、町の散策へ。朱塗りの今宮橋を渡りながら見ると、蕪水亭は荒城川と宮川の合流点に建っていることが分かる。高山といいここといい、町なかを流れる川が何気なく澄んでいることがことさらに喜ばしい。 和ろうそくの三嶋屋や一位一刀彫の店、古道具屋などを覗いたりした後、二軒の古い造り酒屋の間の道を裏に回ると、幅二メートルほどの、思ったよりも深い、速い流れの瀬戸川がある。一帯を?白壁土蔵街?と名付けられた飛●古川一の観光スポットだが、決してチャチではない。これでもかこれでもかという数の大きな真鯉、緋鯉が群れ泳いでいる。 数百メートル続く白壁土蔵街をゆっくり往復した後、飛●の匠文化会館に立ち寄った。これがよかった。大工道具の凄さ、匠の技の冴え。一見の価値がある。昼刻になった。編集長の勘と鼻を信じて入った「西洋膳まえだ」は当たりだった。それぞれ異なる定食を注文して、取りっこしながら食べたのだが、いずれも美味で安かった。?鄙まれ?と言おうとして、いや、ここは鄙ではないと思い知った。こんな豊かな土地こそ?都?というのではないか。 名古屋へ戻る特急「ひだ」の時間待ちにゆっくりビールを飲みながら、アッという間に過ぎた、夢のような「飛●路」二泊三日の旅を振り返っていた。 山頂で二十分ほど粘ったが遂にギブアップ。?下山?して、時分どきということで、駐車場を囲んで立ち並ぶ食堂の一軒に駆け込んだが、私は寒さと胸苦しさで食欲がなく、ここ二、三十年来飲んだことがないミルクココアを頼むという体たらく。四宮キャパと編集長はきちんと温かい蕎麦を食っていた。何ともたのもしい同行者ではある。食堂でしばらく晴れ間を待っていたが、その気配が見えず、心を残したまま山を下りた。 高山は晴れていた。先刻まで寒さにブルブル震えていたことが信じられないくらいだ。高山で何を見なければならないということはない。今度の旅自体、私は未知の?飛●?という土地の空気を吸いたいだけのために来たのだった。教養豊かだったらしい金森氏数代の百年ほどの治世から幕府直轄地(天領)へ。富裕な商人たちの存在。豊かな財力で、この山中に見事な町をつくり上げた歴史の名残を一瞥したかったのである。そしてこの辺りは名にし負う?飛●の匠?の故地でもある。 私たちは修学旅行の中学生のように、それぞれ自由行動をとることにした。単独になって、地図を頼りに国分寺通りに出てゆっくり歩く。飛●国分寺は狭い境内ではあるが、相応に立派な寺だ。三重塔が、大きな銀杏が、ある。瀧井孝作の句碑がある。この志賀直哉の高弟はこの地の出身地だったと改めて思った。 宮川に架かる鍛冶橋を渡って「三町」へ。高山随一の観光ゾーンだ。上三之町に入るとさすがに人で賑わっている。軒の低い、黒くすすけた町屋が思いのほか長く続いている。民芸品や土産物を売る店、収蒐品を展示している家、飲食店などが多いが、仕舞屋もある。多くが表札を出しているから、今も住居として使われているのだろう。今まで各地で、かなり多くの「歴史的町並み」を見てきたが、高山は桁外れに規模が大きく思える。筒井ガンコ堂の「旅本舗」標高2,764mの威力。蕪水亭のシンボル“かぶ”飛●三大名瀑の一つ、平湯大滝。ガンコ堂氏、無念の図。飛●・高山、城下町の風情を残すノスタルジックな町並み。美しい格子窓が随所に見られる。和ろうそくの老舗、三嶋屋。日下部民芸館/匠の技の結晶、吹き抜けの梁組。飛●の小京都、飛騨古川。数河高原飛●古川飛●高山平湯温泉乗鞍岳蕪水亭/故池波正太郎氏が愛した部屋。風格あるたたずまい、そば屋「恵比寿本店」旅と文●筒井ガンコ堂(作家。雑誌「FS」編集長)長野県富山県福井県愛知県岐阜県、、みどりたのりくらすごうたたみだいらつかさうかがていそ ばいちべつひとりいちょうみやがわさんまちにぎしもたやけた、、、、はりとぶすいていわけうらほおばねぎあらきのぞすごさひるどきひな