ゲストは、演奏家として、作曲家として、また音楽教育家、プロデューサーとして、国内だけではなく国外でも大活躍の「邦楽界の快男児」杵屋五司郎氏。
料理は同荘の木村義隆料理長が、昭和の料理界の巨人・北大路魯山人の精神を汲んだ工夫の料理の数々を用意し、それに合わせた選りすぐりの日本ワインが今夕も供された。
はじめの一時間は杵屋氏の独擅(どくせん)場だった。客たちは皆、空腹も忘れて氏の軽妙な語りと超一流の三味線の音色と唄に聴き入っていた。実に分かり易い
解説と実演で、ふだん邦楽に馴染みのない人も十分に楽しんでいる様子だった。
まず「ケレン」たっぷりの大薩摩幕間(おおざつままくあい)三重から始まった。続いて「秋色種(あきのいろぐさ)」より虫の合方、「吾妻八景」より佃の合方と進み、三味線の弾き方により虫の音、川の音が巧みに表現されるのに、聴衆は完全に酔いしれていったように見受けられた。
「本調子」から、陽気で賑やかな「二上がり」、色っぽく情緒たっぷりな「三下がり」、またちょっと異風な、「鏡獅子」で用いられる「一下がり」の、演奏技法の多様さを知らされたのだった。
そして最後に歌舞伎「勧進帳」の最終場面、「陸奥の国へと下りける」と弾き、唄い納めると会場一杯に拍手が鳴り止まなかった。四百年の歴史をもつという三味線の表現の多彩と、豊かさで、江戸情緒をたっぷり味わった一時間だった。
ワイン愛好家でもあるという杵屋氏も卓(テーブル)について、料理とワインに入った。
先附は観山荘自家製笹豆腐の唐津産海胆(うに)のせと、秋の茸(きのこ)と福岡産芹の煮浸し。 ワインは「花めく すず音」。柑橘系の味がやわらかい、辛口のスパークリングワインである。
次は玄界灘産天然鯛の刺身。魯山人は、世に言う明石の鯛より壱岐、五島列島、さらに遠い韓国近海で獲れる鯛が最も旨いと言ったという。今夕はそれに近い玄界灘産の鯛を、こだわりの生醤油(薄口)と、対馬の藻塩を使った炒り胡麻塩(ごましお)で食べさせる。ワインは「山梨甲州・穂坂2004」。
次に、中秋の名月を芋名月と呼ぶこと(10月26日は満月だった)にちなんで、宮崎産里芋の煮物。シンプルな味付けのこれが実に美味だった。ワインは同じく「山梨甲州・穂坂2004」。
ここで、鱧(はも)の吸い物が供された。
次いで、松茸と玄界灘産鰆(さわら)の杉板焼。鰆は脂がたっぷり乗っていた。熊本産銀杏、丹波栗、魯山人が好んで作らせた蒟蒻(こんにゃく)の粉鰹煮が添えられ、大分・竹田産香母酢(かぼす)を搾りかけて食べる。
次に鴨すき。魯山人の牛肉のすき焼は、まず鍋に牛の脂身を炒り、脂をよく出してから霜降り松阪牛の最高級品を焼き、すぐ酒を入れ、味醂をごく少量、そして醤油を注ぐ。これを繰り返すのである。卵や大根卸しなどをつけて食べることもあった。また猪や鴨なども同じ方法で食べた。今回は鴨バージョンである。ワインは「長野古里カベルネソーヴィニヨン2004」。
次は玄界産鮑の宿借作り。魯山人が推奨した料理である。貝を容器にして、下に新鮮な独活(うど)、はす芋などを敷いて塩蒸しにし、飾りに青々とした葉を添えるというシンプルな一品である。
御飯は茶漬けで。鮪(まぐろ)茶漬け。魯山人の茶漬けへのこだわりは有名である。御飯はある程度硬いもの、それも少し冷めたものがよい。しかも茶碗には少なめに盛ること、茶はたっぷり、と厳しい。今回のお茶は日本一の星野村産の玉露の白折を使っている。自家製の香の物付き。
果物は和歌山産の柿と荒尾産の梨。ワインは「北海道ケルナー遅摘み2005」。
最後に同荘オリジナルの自家製蒸陶饅頭と、星野村の香ばしい稀ほうじ茶が口を爽やかにしてくれた。
以上、「風流倶楽部」の名に相応しい、内容の充実した、一夕の宴であった。