「旬を探して」 長崎県壱岐で鯛と格闘?の巻

記念すべき第一回目の取材は壱岐、一泊二日の旅。 そして旬のお題は、「鯛」。釣り船に乗っての沖の一本釣りだ。期待で胸が躍る。
 まず、壱岐の名物うに丼と戻り鰹の刺身で腹ごしらえ。戻り鰹の刺身は薄いピンク色をして脂ものり絶品だった。腹も落ち着き気合いも入って、今回の出港地、石田漁港をめざして車を走らせた。
 我々のクルーは、まず今回の鯛釣りの先生である、漁師の戎本さん宅にお邪魔した。陽に焼けた褐色の肌、年輪を感じさせる皺の数々。戎本さんの顔には長年海で働いてきたという男の風格があり、一見近寄りがたい雰囲気だったが、いざ話してみるととても気さくで、「出港前の景気づけにまずは一杯やろう」と麦焼酎をいただく。そうなのだ、壱岐は麦焼酎発祥の地なのだ。
 内心、船酔いを心配しながらも折角のご好意、ありがたく飲み干すといざ出発、いよいよ船出だ。
 夕日が沈もうとしている海上を沖へと進む。吹く風がとても心地好い。
 戎本さんは、潮と風、そして波の具合を見ながら魚場を探す。長年の経験と勘で遠い島や地形を頼りに船を操る姿は、とても感動的だ。ところが、魚場に着くと驚くことに戎本さんは、人が変わったように厳しい口調になった。その顔はすでに漁師、いや厳しい釣り師の顔だった。
 まずは戎本さんが試し釣りをする。サビキの仕掛けに餌はオキアミ、たなを合わせて探りを入れる。すると八本ほどある、サビキの針にいさきが二尾付いて上がって来た。 「よし、餌を詰めて海に入れろ」戎本さんの合図に、慣れない手つきで投入、釣り糸一本で魚のあたりを探る。 ”よし、きた”と糸を手繰ると三十センチぐらいのいさきが一尾ついてきた。なかなかの型である。”よし、もう一投”と思いきや、「はい、糸を上げて。移動するよ」と戎本さん。「もうここは釣れんけん、場所を変わるぞ」と船のエンジンをかける。

  波に揺れる船にまだ慣れないうちに、あーしろ、こーしろと指示が飛ぶ。移動中も「餌を詰めんか」の喝の嵐。魚場に着くと「入れろ」の合図、すぐに投入、そして 一回手繰ったらまた別の魚 場に移動、これをなんと五回もくり返した。釣れる場所と釣るタイミングを瞬時に見分ける戎本さんの技はまさしく神技としかいいようがない。まるで海の底が見えるようだ。でも釣りを楽しむという雰囲気ではない。もちろんたくさんの魚を釣らせてあげようとする戎本さん流の好意なのだが、こんなに慌ただしくて釣り客が腹をたてないかなと、他人ごとながら少し心配になった。
  さて、いさき釣りが一段 落したところで、いよいよ今回のお題である「鯛」釣りが始まった。活きエビを使っての鯛釣り、針にエビを掛け投入、たなを合わせて誘いをかける。
  ツンツン、魚が餌をつつく感触が手に伝わる、しばらくするとまたツンツンとつつく。”グッ”と引き合わせると魚が掛かり糸を伝わって海中で暴れるのが感じられる。四十メートルも糸を垂らした、見えない海中での魚との駆け引き。指先が真剣になる。しかしなかなか鯛は釣れない。

 馬づら、めばる、かなとふぐといった外道達が餌取りをする。そこへいくとやはりプロは違う。
「それじゃダメだ、たなはこうやってあわせないと」
  戎本さんが手を貸してくれた。するとどうだろう、あっという間に鯛が掛かった。それを見て、黙っていうこ とを聞こうと思った。
  鯛釣りも何度となく場所は変わったが、いわれるままに行動をした。二時間ほど過ぎただろうか、気がつくとすでに周りは夜と化していた。
 「もう今日はこれ以上は無理や。帰るぞ」戎本さんの 一言で、漁港に戻る。実際釣りをしたのは一時間にも満たなかったが、胸の中は充実感でいっぱいだった。移動するたびに顔にかかる水しぶきや風は、今までに感じたことのないものだった。また、水面 を滑るように飛翔する飛魚を見た時も感動を覚えた。想像していたよりも低空飛行で、何匹も群れになって飛ぶ姿は戦闘機を思わせた。僕にとっては初体験ばかりの楽しい夜釣りだった。
 漁港に着くと、戎本さんは手際よく船上を片付け、釣った魚を絞める。活きのいい魚は、大きな籠網に入れ海の中で生かしておく。おそらく釣れなかった日に売る魚を確保しておくためだろう。たまには家に持って帰ってご飯のおかずにするのだろうかなとど想像する。
 絞めた魚を旅館に持って帰れとバケツ一杯持たせてくれる。”こんなにいらない”といっても、”よか”の一言である。
  戎本宅に着くとまずはビールに、焼酎。するとどうだろう、さっきまでの恐いおやじがまた気さくな顔に戻って、テレビの野球中継を見ながら昔話を始めた。たいした変わりようである。明朝は四時半集合、五時出発に決まり、明日の釣果 は今日以上だという話に期待を残して別れた。
  旅館に戻っての魚料理は、すごいものがあった。釣った魚は刺身に煮付け、塩焼き、汁と姿を変えて僕らの胃を満足させてくれた。またこれ以外にも、殻付きの雲丹、渡り蟹、アワビにサザエと魚介尽くしだ。さすがにこれだけ魚ばかり食べると”うっ”としてしまった。”なるほど魚ばかり出すのも良くないなぁ、特に刺身はほどほどが ちょうどいいんだなあ”と、思ったりもした。でも最後に出た「かじめ汁」には感動した。東京のある役者さんが、この「かじめ汁」を長年追い求めていて、壱岐でやっとめぐり合い、幻の汁と呼んだそうだ。かじめは若芽より少し小ぶりの若草で壱岐周辺で取れるとのこと。今まで味わったことのない不思議な食感に心が躍る。
  ぜひ自分のお店で何かおもしろい料理を考案しようと思った。
  みんなで集っての夕食は酒も入ったせいか、大いに盛り上がり十二時にお開きとなった。
  ほとんど寝るまもなく朝の四時、眠たい目をこすりながら起きたものの、迎えに来てくれるはずのSさんが来ない。無情に過ぎていく時計の針をにらみながら心はあせる。電話も通 じない。
  「ごめんごめん、寝坊した。まあ、一杯やろう」やっと出会ったSさんは、開口一番そういうと、焼酎の入ったグラ スを手渡した。
  結局予定より大幅に遅れて船を出す。しかし戎本さんの“この時間からは多分釣れんよ”の言葉通 り、前夜を かなり下回る釣果だった。まあしかしそんなハプニングも “旅の思い出”のひとつだろう。
 当初の「旬を探す」目的がどこまで達成されたかわからないが、それでも僕は三尾の鯛を釣り上げることが出来た。残念ながら弟は運に見放された。果 たして裕次郎の胸中はいかに?

今回の旅は「鯛を釣る」という目的もあるが、私にとってもう一つの目的は島の人々とふれあい、いろいろな話を聞くことだった。
  なかでも漁師の戎本さんの話はとても勉強になった。「魚はすむ場所も、泳ぐ深さも食べる餌もすべて違う。一年のうち、何月に産卵をし、身が肥え脂がのるのかもすべて違う」「魚の捕り方も網で捕った魚と一本釣りでは価値が違う」「漁師は色や手触りで魚の善し悪しがわかる」など、戎本さんの話す一言一言に、頭でなく体で覚えた漁師さんの凄みを感じた。ところで今回戎本さんと一緒に漁を体験するのは、鯛といさき釣りである。鯛は日本の料理では冠婚慶賀の式に使うほどの、魚では最高級の食材である。
  春に産卵をし、この時期の鯛は桜鯛として珍重される。しかしむしろ秋を越え冬を迎える頃の鯛の方が脂がのって味が良い。この季節になると、戎本さんは活きエビで鯛を釣るという。
  鯛釣りは早朝、空がうっすらと明るくなり始めた時から、日が海面 の十センチ上に昇るくらいの間と、日が沈み空が暗くなり始めて、一時間くらいが勝負で、他の時間ではなかなか釣れないそうだ。次にいさきだが、いさきの漁期は四・五月頃から十月頃までの魚で、この時期は味も良い。刺身はもちろんのこと、煮付け、焼き物、から揚げにいたるまで、どんな料理にも適した白身のうまい魚である。戎本さんはこのいさきを、おきあみ(小エビ)とサビキ(小エビの疑似針)で釣り上げる。船の上から魚群探知機を見ながら潮の流れを計算して釣りをする。
  しかし最後に頼りになるのは長年の勘だという。さすがにその技は凄く、小一時間ほどで何十匹という魚をいとも簡単に釣り上げる。私も見よう見真似で挑戦したが、とても歯が立たない。「魚群探知機は大ざっぱだから」と笑う戎本さんの言葉がとても印象的だった。残念ながら私は今回のテ-マである鯛は釣り上げることが出来なかったが、戎本さんと出会って、それ以上のものをいただいたような気がする。「常に自然に感謝し、自然と共存していることを忘れてはいけない」魚を愛しそうに扱う彼の顔に刻まれた一本一本の皺が、私にそう語りかけてくれた。