仕事柄たまーに、色紙にサインを、なんていわれることがあります。これが困るんですよね。字が下手で有名人でもない僕は、サインすること自体おこがましいし、芸能人のようなくずし字も照れますし、といって書かないのも失礼だし、というわけで結局、子どものような丸文字で、名前を愚直に書くだけなのです。そんな時いつも思うのです。せめて座右の銘でもあったらもう少しはさまになるのに。
でも、心に響く言葉は、立川談志師匠が食べ物屋さんに書く「まずくても食え」や、明石家さんまさんの「生きてるだけで丸もうけ」などで、とても僕の器量ではまかないきれないものばかりでした。
ところが最近見つけたんです、座右の銘。それは、八代目桂文楽師匠のお言葉、
「らしく、ぶらず」。いいでしょ、これ。物書きらしく、物書きぶらず、料亭らしく、料亭ぶらず、なんてどんな仕事にもあてはまる言葉です。
噺家らしく、噺家ぶらず。がぴったりの落語家さんが、この間第21回観山寄席に出演いただいた、桂平治師匠です。
前回も書きましたが中学から落語家になりたかった師匠は、普段から和服を着ているという噺家らしい風情と、愛嬌あふれる笑顔を誰にでもふりまいてくれる、ぶらないサービス精神が素敵な方です。もちろん落語も楽しかったですよ。
初日、桜坂観山荘では、師匠十八番の「源平盛衰記」を演っていただきました。
この噺は皆さんご存じの、祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、という名文句から始まる「平家物語」の落語バージョンです。いわゆる地噺というスタイルです。
地噺とは、登場人物の会話やしぐさではなく、叙述説明によって話が展開していくというもので、講談や漫談風に近いもの。それだけに演者によってスタイルはさまざまで、平治師匠は落語家グラフティという感じで、たくさんの落語家さんのエピソード、おもしろ話を「源平物語」に強引?に挟み込み、大笑いさせられました。
噺の後の料理も素晴らしく、天然ヒラメ、中トロ、合鴨とホタテの桑焼き、鰆のしゃぶしゃぶなどを味わいながらいただく、お酒の旨いこと。
観山寄席ならではの醍醐味です。
二日目、小倉・観山荘別館では、「親子酒」と「松山鏡」の二席を演っていただきました。「親子酒」は父と息子が大酒飲みで失敗も多い、ならばと親子で禁酒を誓うが、お互い好き同士、そうは問屋がおろさない、なんてお話。「松山鏡」は鏡のない地方から来た人たちが初めて鏡に遭遇し、ドタバタを繰り広げる。
平治師匠はこの二席を、30分に及ぶまくらで十分に客席を温めてから、続けて披露。爆笑に次ぐ爆笑でした。
後の料理、別館の献立は、刺身はもちろん、鰆菜種焼き(なかでも筍のゆず味噌焼きは絶品)、乾酪鍋(小倉牛と筍を牛乳と味噌で煮込んだ鍋)など全十二品、ライトアップされた日本庭園を眺めながらのご馳走は格別です。
自分でプロデュースしておいていうのも何ですが、こんな落語会滅多にないですよ。笑いと料理で二度おいしい、観山寄席に、どうぞ皆さんもお越しください。
次回は、6月15日(水)桜坂観山荘、6月16日(木)観山荘別館、立川流の良心といわれている古典落語の名手、立川談幸師匠にご出演いただきます。
この文章を書いている最中に、東北地方太平洋沖地震が起きました。
被災地の映像に胸がつぶれそうです。
微力ながら、出来る限りの支援をしたいと思います。
震災に遭われた皆様には、お見舞い申し上げます。
もうこれ以上被害が大きくならないよう、心から祈ってます。
高坂圭
放送作家・脚本家・物語プランナー。主な作品、映画「千年火」「卒業写真」
ブログ:「圭さん日記」