2026年09月06日

「切る」ではなく、「へぐ」。 日本料理の言葉をひもとく

「冬瓜とへぎ湯葉 とんぶりあん掛け」。

この料理名の中に、ちょっと耳慣れない言葉があります。

「へぎ」。

さて、何のことでしょう。

もとになっているのは「へぐ」という言葉です。

漢字では「剥ぐ」「折ぐ」などと書き、料理の世界では、

包丁を寝かせ、食材の表面を薄く削ぎ取るように切ることをいいます。

「切る」ではなく、「へぐ」。

たったそれだけの違いなのですが、言葉を知ると、

料理人の手元まで見えてくるようです。

 

包丁を立てて、ストンと切るのではない。

刃を寝かせ、食材に沿わせるようにして、薄く削いでいく。

白身魚の刺身などにも使われ、「へぎ造り」という言葉もあります。

考えてみれば、私たちは包丁を使うことを、

たいていひと言で「切る」と言ってしまいます。

ところが日本料理の世界では、そうはいきません。

切る。刻む。削ぐ。剥く。たたく。そして、へぐ。

食材に合わせて包丁の使い方を変え、その仕事の違いに、

それぞれ名前までつけてきました。

なぜ、そこまで細かいのでしょう。

 

薄くすれば、舌ざわりが変わる。

切る方向を変えれば、歯ざわりが変わる。

断面が変われば、味のなじみ方も、

器に盛ったときの表情も変わる。

包丁を入れた瞬間から、もう料理は始まっているのです。

 

そして、もうひとつ面白いのは、「へぐ」という言葉そのものです。

「昨日、大根をへいでね」

そんな会話をする人は、今ではまずいないでしょう。

日常からは少しずつ姿を消した日本語が、日本料理の世界では、

今も当たり前のように働いています。

 

今回の一品は「冬瓜とへぎ湯葉 とんぶりあん掛け」。

献立の中では、つい読み飛ばしてしまいそうな「へぎ」の二文字。

けれど、その二文字をひもといてみると、そこには食材と向き合い、

包丁を操ってきた料理人たちの長い時間が隠れていました。

 

日本料理の献立には、ときどき、こんな古い日本語が

ひっそりと残っています。

だから献立は、食べる前に眺めてみるのも面白い。

「へぎ」の二文字から、料理人の包丁づかいまで見えてくる。

日本料理の言葉とは、なかなか味わい深いものです。

 

 

 

 

寿司なのに、なぜ「小袖」? 日本料理の言葉をひもとく「小袖寿司」

「小袖寿司」

なんとも奥ゆかしい名前ですが、さて、「小袖」とは何でしょう。

小袖とは、もともと袖口を小さく仕立てた着物のこと。

日本料理では、その着物の袖を思わせるような細長い形に

小さく整えた棒寿司や押し寿司を「小袖寿司」と呼びます。

鯵や小肌、かますなどの魚を使い、細身に仕立て、

食べやすい大きさに切る。

 

今回、観山荘の献立に登場するのは「花茗荷小袖寿司」。

花茗荷の鮮やかな色と、小さく端正に整えられた寿司の姿。

ほんのひと口ほどの料理ですが、そこに「小袖」という

名前がつくだけで、どこか艶やかな景色が浮かんできます。

 

考えてみれば、不思議です。

細長い寿司なら、「細巻き」ならぬ「細い押し寿司」

でもよさそうなものです。

けれど、昔の人はそこに着物の袖を見つけた。

 

日本料理には、こんな「見立て」がたくさんあります。

食材をただ食材として見るのではなく、その形や色から、

花や雪、月、紅葉、着物など、まったく別のものを想像する。

そして、その想像を料理の名前にしてしまう。

少し大げさに言えば、料理人がつくっているのは、

味だけではないのかもしれません。

器の中に、小さな景色をつくっている。

だから日本料理の献立を眺めていると、ときどき料理とは

思えないような美しい言葉に出会います。

「小袖」も、そのひとつです。

 

ところで、着物の小袖そのものは、いまでは日常生活で

ほとんど耳にしなくなりました。

それなのに、その言葉が料理の中では生きている。

これもまた面白いところです。

昔の暮らしから消えていった言葉が、日本料理の献立の中に、

ひっそり残っている。

そう考えると、献立は小さな日本語の博物館なのかもしれません。

「花茗荷小袖寿司」。

たった七文字の料理名の中に、花があり、着物があり、寿司がある。

 

日本料理は、ときどき、ひと口で食べてしまうには惜しいほど、

たくさんのものを小さな一品に詰め込んでいます。

小袖寿司を見かけたら、まずはその姿をひと眺め。

昔の人がそこに何を見つけて「小袖」と名づけたのか。

そんなことを想像してからいただくのも、

日本料理の楽しみ方のひとつです。

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