「切る」ではなく、「へぐ」。 日本料理の言葉をひもとく
「冬瓜とへぎ湯葉 とんぶりあん掛け」。
この料理名の中に、ちょっと耳慣れない言葉があります。
「へぎ」。
さて、何のことでしょう。
もとになっているのは「へぐ」という言葉です。
漢字では「剥ぐ」「折ぐ」などと書き、料理の世界では、
包丁を寝かせ、食材の表面を薄く削ぎ取るように切ることをいいます。
「切る」ではなく、「へぐ」。
たったそれだけの違いなのですが、言葉を知ると、
料理人の手元まで見えてくるようです。
包丁を立てて、ストンと切るのではない。
刃を寝かせ、食材に沿わせるようにして、薄く削いでいく。
白身魚の刺身などにも使われ、「へぎ造り」という言葉もあります。
考えてみれば、私たちは包丁を使うことを、
たいていひと言で「切る」と言ってしまいます。
ところが日本料理の世界では、そうはいきません。
切る。刻む。削ぐ。剥く。たたく。そして、へぐ。
食材に合わせて包丁の使い方を変え、その仕事の違いに、
それぞれ名前までつけてきました。
なぜ、そこまで細かいのでしょう。
薄くすれば、舌ざわりが変わる。
切る方向を変えれば、歯ざわりが変わる。
断面が変われば、味のなじみ方も、
器に盛ったときの表情も変わる。
包丁を入れた瞬間から、もう料理は始まっているのです。
そして、もうひとつ面白いのは、「へぐ」という言葉そのものです。
「昨日、大根をへいでね」
そんな会話をする人は、今ではまずいないでしょう。
日常からは少しずつ姿を消した日本語が、日本料理の世界では、
今も当たり前のように働いています。
今回の一品は「冬瓜とへぎ湯葉 とんぶりあん掛け」。
献立の中では、つい読み飛ばしてしまいそうな「へぎ」の二文字。
けれど、その二文字をひもといてみると、そこには食材と向き合い、
包丁を操ってきた料理人たちの長い時間が隠れていました。
日本料理の献立には、ときどき、こんな古い日本語が
ひっそりと残っています。
だから献立は、食べる前に眺めてみるのも面白い。
「へぎ」の二文字から、料理人の包丁づかいまで見えてくる。
日本料理の言葉とは、なかなか味わい深いものです。






